新聞なんていらない

新聞なんていらない

ネットにこんな記事が掲載されていて、いつものことながらツイッターで炎上まではいかないですがボヤ騒ぎくらいになっています。

新聞不要論に対する警鐘ですか…

いらないんじゃないですかね。別に紙媒体である必要ないですし。

新聞が無くなってもニュース自体が無くなることはないわけで、サービスを提供する新しい方法が普及した結果、既存の業態が衰退するなんて今日日珍しくもなんともないんじゃないでしょうか。

例えば、ネトフリやHuluやアマプラなど映画やドラマのサブスクサービスが台頭したことで、実舗型のレンタルビデオやレンタルDVDがもはや虫の息になっちゃった、みたいな。

新聞と言えどもそれは例外ではない、というだけのことなのかなと思います。

ただ、この記事では新聞(新聞社)が無くなることによる弊害がいくつか挙げられていて、アメリカの例で言うと投票率の低下などが実際に起きているらしく、さらに言うと新聞離れによる政治への関心の低下で自浄作用が失われて民主主義の危機!というところまで波及するんじゃないの?と懸念しているようです。

でも、戦時中とか非常事態ならまだしも今の時代そもそも皆新聞にそこまで求めてるか?って思うんですよ。個人的には新聞もゴシップ誌もネットニュースも同じようなものと思っているんですが、一般的にはどうなんでしょうか。

それに、仮に新聞の衰退の結果そんなことも起きたとしても、それは既存の枠組みに支えられた民主主義が新しいものに置き換わるだけのことだと思うので、特別悲観的に考える必要も無いんじゃないかと思うんですよね。

今が最高で新しいカタチがそれに劣ってるなんて誰にもわからないですし。例えばツイッターベースの俗世間にまみれた民主主義もやってみると案外悪くないかもしれません。

ちなみに私はサラリーマンをやっていた約10年間、テレビも見ない(もって無かった)・新聞も読まない生活を続けていましたが、社会生活に問題が生じたことは一回もありませんでした。唯一困ったというか別に困っては無いんですけど、熊本で大地震があったニュースを知らなかった時、翌日職場でドン引きされたくらいです。

それに「すんません。オレ新聞読まないんすよね…えへへ…」と公言していたので、リーマン失格の烙印は押されましたけど皆色々と旬のニュースを教えてくれて、教える方も教えられる方も満足な、それなりにやさしい世界が成立していたと今は思っています。

なので、現代における役割的にも私個人の経験的にも新聞は不要!そんなもん買うならETFでも買おう!という結論に至りました。

ただ、色々な出来事に対して本当に客観的な事実や見解・解説を伝えてくれるサービスがあれば、それが新聞だろうとネットのサブスクだろうと媒体に関わらず皆こぞってお金出して買うんじゃないでしょうか。今世間が一番飢えているのはそういうモノだと思うんですよね。

でもって、そういったニュースを流せるとしたらやっぱりネットやAIなどのテクノロジーの力によってしか成し得ないと思うので、やっぱり新聞なんていらないかなって思います。

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