社畜時代を振り返る

社畜時代を振り返る

知り合いが私が前に勤めていた会社にコンサルで入ることになったらしいんですよね。

担当するエリアも私がいた部署と関わり合いがあるらしいので、事前に内情を知りたいとのこと。

こういうのって話していいんだっけ?とか思いつつ、まあ自分の知ってることなんてどうせ大したことないだろと勝手に決めつけて、もちろん数字やらなんやら具体的なのは実際に入ってからヒアリングしてくれと断ったうえで、人間関係とか誰がキーマンとかそういう定性的な情報について、当時を思い出しながら色々と聞かれるままに答えてあげました。

その会社に在籍していたのはもう二年以上前になるんですけど、結構覚えてるもんですね。

当時の同僚・上司とは辞めてから一切連絡とっていないくらいの間柄なので、存在すらすっかり忘れていたんですが、思いだしだし話してみるとなんとなく懐かしい気持ちになるのは不思議なもの。

そんなわけで、もう色々時効でしょうし最近は当時の同僚に身バレしてもまいっかって心持ちでもあるので、ちょっと当時のことを思い出しながら書いてみようかな、なんて思ったわけです。


私は典型的なジョブホッパーだったので色々な会社で色々な仕事をしたんですが、今回話した会社ではいわゆる企画系の部署に所属していました。

25人くらいのこじんまりした所帯だったんですが、その内8割が転職組という社内でもちょっと特殊な部署だったと思います。

企画の仕事って結構多岐にわたる、というか誰もやらない・やれない仕事をやる係みたいなところがあって、要は雑用係ですね。

なので巻き込まれる仕事は基本毎回違う内容ですし、そんなんしらんがな…みたいな仕事も多かった、というかそっちのほうが多かったです。

結果色々な部署にとりあえず呼ばれるわけで、多分「なんかよくわからないけど何故か会議にいるヤツ」みたいに思われてたんじゃないかと思います。

実際自分でもなんで呼ばれてるかわかってないケースが多々ありましたし。そういう時はとにかく余計なタスクを振られないように自己防衛おじさんと化してました。

そんな雑用の中でも私はクロスボーダーの仕事を担当することが多かったので、ガチで誰も何もわかりませーん!みたいな案件も多く、途方に暮れたことも数知れず。
とりあえず現地語でドキュメント送ってくるのはやめろぉ!!みたいな笑えないやり取りも多かったです。今となっては笑えますが笑

ちなみに、そういう仕事だったのでレポートラインもあってないようなものでした。「んじゃ今から○○専務のとこ入ろっか」みたいな感じで、ちょっとコンビニに飲み物買いに行くノリで偉いさんとこに行くので、最初は面食らったものです。

これだけ見ると何だか重要で面白そうな仕事に見えますが、さっきも言った通り要は雑用係で、さらにいうと絶対やらないといけないけど誰もやりたがらない(ミスったら責任とらされてヤバイ)仕事を押し付けられる立場なので、根回しやら資料作成やらで手を抜くとまず死ぬ、という中々ストレスフルな環境でもあるわけです。

例えば、会議なんかは基本一対多。部署A,B,Cからそれぞれの視点で厳しくチェック&詰められることになります。地獄かな?

まあそんな感じで良くも悪くも刺激的な環境だったと思います。
ただ性格的にはあってたんでしょう、実際面白かったです。楽しくはなかったですけどね。
多分リーマンとしては二足飛びくらいで色々な体験させてもらえたのではないかと思っています。

あと、転職組が多かったので比較的人間関係がドライなのも私にとっては居心地がよかったです。
誘ってもほとんど誰も来ないので、上司もあきらめてるのか部の飲み会も忘年会くらいしかありませんでしたし。

そんなわけで、ぱっと見なんの不満もないように見えますが、私も特に仕事や待遇には不満はありませんでした。

それなのに、なんで辞めちゃったんでしょうね。

それに関しては自分より周りの人間のほうがわちゃわちゃと騒いでいたように思います。
私としては辞めることについて惜しいという気持ちは当時からなかったですし、辞めた後もこれまで1ミリも後悔したことはありません。
どこをどう切り取っても比べても、今の生活のほうが断然良いですよ。

さておき、なんで辞めたか、その理由を一言でまとめろと言われれば「飽きた」という単語に集約されるんですが、実際はもう少し複雑な気持ちがあったような気もしていて、いつかというか、忘れてしまわないうちにそのあたりも整理して書いてみようかななんて思います。

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