セミリタイアで手に入るのは選択の自由

セミリタイアで手に入るのは選択の自由

こんにちは。

セミリタイアに関してネットでブログを読んだりツイートを見たりすると、セミリタに対する認識って意外と色々。

ブログだとおおむねポジティブにとらえられていて、実際にセミリタしてその生活を発信している方、または「ハアハァ…仕事つかれた…貯金頑張って早くセミリタしたい…!」みたいなセミリタに向けて頑張っている系のものが多い印象です。

一方ツイッターは、ポジティブvsネガティブvs業者みたいな感じで、その三つ巴具合はさながら三国志。

そんなツイッターですが、セミリタ否定派のツイートの中で時々見るのが「セミリタして自由になっても絶対暇になるからセミリタなんてしない」というもの。

これ系のツイート見るとなんかいつももやもやした気持ちになってたんですよね。セミリタすると暇になるのか?
なので、ちょっと考えてみました。

で、結論ですが、暇になるかどうかは人による。以上!閉廷!

まあ当たり前の話なんですが、セミリタイアしてようがしてまいが、人生が暇で退屈なものかどうかは人によるんですよね。

ただそうなると「じゃあどっちでも一緒じゃん…」ってなってしまうのでもう少し深く考えてみると、セミリタイアして手に入るものって色々あるんですが、また手放さざるを得ないものも色々あるんですが、一番大きいのは選択の自由が手に入るってことなんじゃないでしょうか。

1日中引きこもって何もしない自由、昼間っから酒を飲む自由、オンラインゲーム廃人になる自由、趣味に没頭する自由などなど非生産的な選択肢はもちろん(というかセミリタの醍醐味かもしれませんが)、生産的な選択肢としてはボランティアする自由、必要な分だけバイトなどで軽く働く自由、事業を起こす自由ややっぱりサラリーマンに戻るなんてのもあります。

とにかく、ありあまる時間と誰からも(お金を除く)何からも束縛されないことで、選択肢は無限と言ってもいいくらいです。

ただ逆に言うと、選択の自由があるという事は自分で選ばないと何も始まらないという事でもあるので、これが苦手もしくはできない人にとってはセミリタイアの日々は何もすることのない単調で退屈なものになると思います。ひたすら無為に日々が流れるっていうのは結構地獄でしょうね。

そういう意味では組織に属して選択の不自由の下で生きていくのも、決めないでいい・迷わないでいいという意味で決して悪い選択じゃないかもしれないと思います。

結局のところ、無限の選択肢をフル活用してその他大勢とは少し違った人生を生きるか、逆に自分で選択することが出来ずにその他大勢にもどるか、これはやっぱり人によるとしか言えません。どっちが良くてどっちが悪いという話でもないので、好きな方を選べばいいと思うのです。

いずれにせよセミリタして手に入るのは選択の自由なので、セミリタしたからと言って自動的にありとあらゆる苦痛から解放された天国のような人生が与えられるわけじゃないってことです。

というわけで、なんか否定的な感じになってしまいましたが、私個人はセミリタはいいぞOJSNです。
万人にオススメできるわけではないセミリタイアですが、「何でも自分で決められる」というフレーズに心躍る人は是非オススメします。セミリタはいいぞ。

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